結局、自分の中で大切なものは一つもない。悲しいし、寂しいし、辛い

良く、凶悪殺人犯を同じ目にあわせてやりたい。とか言うけどみんなやらないよね。

それって、何かを天秤にかけた時にやらない方が得だと思ったからだよね。コンクリート事件だって、酒鬼薔薇だってそうだよね。復讐はリスクが大きい。

殺しても戻ってこない。それは自明なんだけど、復讐して殺したって別にいいと思う。

 

その時天秤にかかってるのは、『今の生活』『恨み』だよね。

もしかして、今の生活が大切で、恨みを晴らすことがどうでも良くなった?それが普通。

結局人間が思い入れられる限界なんてそんなものなのに、自分にとって大切なものなんて存在しないことは認めない。裁判なりでキチンとケリをつけるのが大切だけど、どこまでいっても自己満足。

無間に続く自己愛自傷地獄。

 

『○○ってたのしい?』『楽しくないよ』『じゃあなんで続けるの?』『惰性、人がやってるから、中毒症状のどれか。楽しさはどこにもない』

 

それなのに、何かに対して楽しい嬉しい愛おしい、を感じられる人が羨ましい。

私はやっぱり、『人の心を傷つけて引き摺り下ろす』ことしか楽しいとは思えない。

 

それが悲しい。