孤独と人との戦い

ネットっていうのはなんとも偉大で、生活と結びついてしまったのだなぁ。と思う。あると便利だけどなくても生活はできる。

 

けれど使わないと孤独感を感じる。ネットを使えないお年寄りの気持ちが表面的にはわかるようになった。

というのも、twitterredditもlineなんて、ましてや普通のニュースサイトも数日見ていないだけで、なんでこんなにも情報不足だと感じるのだ。生きる上に必要な情報なんて十分過ぎるほど持っている。けれど、なんとなく疎外感とか、世界で一人なんじゃないかとか、くだらないことを思ってしまう。

 

実世界では、ほとんど母弟以外と会話をしていない日々がもう数カ月ほど続いた。それ以外話す相手も居ないので仕方がないことだが一人で暮らすとなったらどれほど寂しいのだろう。

そんな中で、某所で婚約報告、知人の結婚報告と続いたものだから孤独感と昔話が変にこじれて、一時は完全に精神がやられてしまったようだ。あえて、情報量を減らして自分を見直す作戦は間違いではなかったが、あくまで現状維持のような気もする。

私は比較的口は達者(嫌いな人以外)なので、そこまでコミュ障とかそういう訳ではないのだが、本当に人と関わりが少ない。というか、話したいのはそいつらじゃなくて、もっと趣味の話とか、他愛ない話をしたいのだ。

 

話は変わるが、某所のコミュニティでの人生診断、(正常、欠損、回避、ヤバイ)のようなやつ。欠損は機会を損失している人。回避は機会を意図的に回避している人。私はヤバイだった。犯罪者予備軍となる。

 

本当のことを言うと、個人的には欠損回避型だと思う。

『回避したいけど……それだと僕が悪者になるなぁ』と考え、あえて相手がぼくの誘いを断るか、もしくはぼくに同情するように仕向けるわけだ。そうすることで、さも自分が悪くないのに運が悪かったように見せて回避する。

例えば『東大に行きたい!(無理だな)頑張って勉強します!(ポーズのみ)』とか。

自分を自分で傷付ける方が、痛みのタイミングが分かって安心できる。他人に傷つけられるよりもずっと楽だろう。こうして、あえて負けを繰り返して来た。作戦負けだ。

この性質にはもっと厄介なことがある。人を測りがちになり、嘲るようになる。『こいつはこういう泣き落としに弱い』、『自分に同情するやつは馬鹿だ』と思うようになる。詐欺は駄目だ、捕まった時に自業自得になってしまう。合法で、哀れで惨めに見えるように、人から生活そのものを搾取してしまいたい、と思う。

自分自身に振り回されるようにもなる。『ここは同情をひかないとだめだ』とか、思ってもいないタイミングで同情されると変な感覚を覚えるようになる。

最終形は『勝ち負け』で人とのコミュニケーションを測るようになる。無意識に、『こいつに嫌な思いをさせたら勝ち』とかそういうルールを設けて会話するようになる。

 

恋人持ってるやつにはどうやっても不利なので『こちらを同情させて、且つ相手が最終的に不仲になれば勝ち』

 

異性は『信頼される、もしくは信頼したら負け。不快感を覚えさせれば勝ち』ということにしている。

 

他にも、教師は『信頼したら負け、負けなければ勝手に他のプレイヤーが攻撃をする』

 

上司『おたがい、道筋の通った話に反論したら負けだが、自分の理想を通したら勝ち』つまり『相手の道筋と、理論の根底をいかに崩すか』体育会系は勝負に乗ってこない、ルール違反をするので相手にしない。

 

持論を押し付ける相手は『相手が悪いと思って和解すれば勝ち』なので、一度こちらが謝って、相手が冷静になったあとに上から押し付けるみたいに相手をまくし立てるのが勝ち筋。

 

友人は『こちらの持論に多くの同意させれば勝ち、相手に納得させられれば負け』結局手数勝負で自分のターンにもっていけるか。話をできるかにかかってる。

 

とまぁ、こんな感じで生活していると、そりゃあ周りに人がいなくなって孤独にもなりますよね。